プロフィール

豊島 優平(てしま ゆうへい)
ニックネーム:teshy

 

23歳のACT実践者/コミュ障を受け入れる専門家/ライター

 

本を読むのが好きです。ジャンルは「心理学」系ばっかり読んでいます。今まで読んだメンタルに関する本は100冊は超えてますね。

私自身は、もともとはコールセンターの営業をしていていました。理由は、心理学の知識を知っているだけではなく、身につけたかったからです。

 

心理学のテクニックを生かしつつトークをしていたところ、少しづつアポが取れるようになり最終的にはセンターの最高記録を出すことができました。この時は感動しましたね。

今でこそコミュニケーションに積極的になれたり、頭の回転が速いとか言われるようになりましたが、もともと私は「高レベルのコミュ障人間」だったわけです。

一言も喋れなかった幼少時代

小4まで学校では一言も話さなかった少年でした。

 

これは場面かんもく症という心理的な病でして、特定の場面でしゃべれなくなってしまうというもの。しかし、日常の中で会話をしなくてはいけない場面はいくつもあるものです。

 

当たり前に声を出そうとした時「周りの目」が気になったんですね。これまで、ずっと話さなかったやつが言葉を発するとなると、当然「どんな声しているんだろう」と興味がそそられるわけです。

 

幼稚園や小学校の年頃にはこれほど面白いイベントはありません。クラス全員の視線が自分に集まっているような気がして、そこから無口になりました。

 

周りのからは「恥ずかしがり」とか「引っ込み思案」だと思われてました。自分でも、性格の問題だと思ってしまたね。

これが、当時の写真。

顔がパンパン。

チビデブで一言もしゃべらないという異質なキャラなこともあり、イジメにも何度かあってしましたね。あれから10年、心理学に興味を持って調べていた時に「これを俺じゃん!」と見つけたのが場面緘黙(かんもく)症という言葉です。

 

小学校4年の時に強制的にみんなの前でスピーチをする機会があって、それ以降学校でも話せるようになりましたが、コミュ障や人目を気にする性格はこの後もずっと残っています。

 

実際に、セルフチェックでは中度の「社会不安障害」でした。

コミュ障すぎてお荷物状態に

対人不安にせいで、中学の時に入っていたサッカー部ではミス連発。まともに公式戦に出場させてもらった試しがありません。

 

いわずもがなサッカーは仲間との連携や、チームワークが必要となるスポーツです。今思えば、ほぼ人と会話しなかった私が協調性が求められる競技に参入すること自体謎ですね。。

せめてフットサルみたいな少人数制ならいいんですけど。

 

さらに高校でやっていた飲食店でのバイトでも、「先輩や上司に怒られるのではないか?」という不安が常に頭の中を支配し、ミスを連発。いつも上司の顔色をうかがって仕事してましたねぇ。

 

そこから「自分はダメな人間なんだ」って思考に囚われ、メンタルを病んでいきました。バイト先を変えても結果は変わらず。。

 

文字通り、どこへいってもお荷物状態になったわけです。

 

結局は、対人不安からくる集中力の低下がすべての原因なんですが、そのころから、「ひたすらコミュニケーション論」や「メンタル」に関する情報を検索しまくりました。

しかし、ネット上に上がってくる情報は、

 

・何でもいいかから話しかけろ
・成功のイメージを持とう
・毎日20回、理想の自分を声に出せば望みが叶う

 

みたいな薄っぺらいものばかりだったんですよね。何でもいいから話しかけろ!というアドバイスは、それが出来たら苦労しねぇわ!という感じです。

 

成功のイメージと、理想の自分を声に出すは実際にやりましたが、なぁんの意味もありませんでした。

 

高校の頃、引きよせの法則とかちょっと信じてましたが、アレのせいでさらにメンタルが落ち込みましたね。

 

「いいことだけを考えよう」とするのが引き寄せなので、逆にネガティブな考えに意識が向くんですよね。

ネガティブな考えをしてはいけないと思うほど、頭の中はどんどんネガティブになっていき、そういう自分を責めて憂鬱ループにはハマっていきます。

ACT(アクト)で対人不安を克服する

転機になったのは、科学的にエビデンスをもとに書かれている「心理学の本」を読み始めてからですね。

 

この時に分かったのが、自分は今まで根性論で物事をこなそうとしてきたこと。「できない自分が悪い、自分に才能がないから」と諦めていたのですが、結果には必ず原因があります。

 

そうして調べていくうちにたどり着いたのがACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)という心理療法です。

 

すごく簡単に説明すると、恐怖や不安を無理に押し殺そうとするのではなく、「受け入れた上で自分自身の価値観に沿って行動を取りましょう」というもの。

 

ACTでは人間の思考と感情を長期的に変えることができないが、行動は変えることができるという立場を取ります。この考え方で、コミュニケーションや仕事の場面でも不安を感じても、自分のやるべきことに集中することができるようになりました。

 

不安を抱えながらも、行動することに集中すればいい。

 

これは当時の私に深く刺さったフレーズでした。そこから、私は自分のダメ点をすべて受け入れて、武器にしてやろうという考えになります。

 

不安症⇒意識が分散するから面白いアイデアが出やすい

コミュ障⇒人の気持ちに敏感に反応できる

ネガティブ⇒リスクに備えて対策することができる

 

このように、自分の特性を理解してプラスの力に変えることで、少しづつ他人とコミュニケーションを取れるようになっていきました。 

 

こうして見ると、自分の性格をポジティブに捉え直したように思うかもしれません。ただ、大事なのは、デメリットとメリットの両方を理解したこと。

 

いままでは、デメリットの部分を必死に変えようとしていたんですね。ただ、不安症の人が不安をゼロにするのは不可能だし、コミュ障がコミュニケーションの苦手意識を根絶するのも無理。

 

つまり、変えようがない部分を変えようとしていたわけです。そうではなく、変えられない部分は受け入れて、それをどう活用していくかの方が大切です。

 

すると、逆にコミュ力が上がったり、不安にが和らいでいきます。もちろんゼロになることありませんが、以前よりだいぶマシな状態になります。

コミュ障の人がコミュ力を上げるには、

 

「コミュ障な自分なら、どうすれば他人と上手く接することができるかな?」

 

と自分の特性を考えつつ、自分に合った戦略を採用することが大切です。

人と良く交わるようになる

さてさて、心理学にハマった私は、その知識を「スキルとして身に付ける」ためにコールセンターで2年間働きました。

 

電話営業という仕事を選ぶのは、コミュ障にとってはかなり不安がありましたが、それよりも心理学を実践したい気持ちが勝りましたね。

 

まさか、一言も声を出せなかった自分が、声を使う職業で記録を出せるなんて思ってみなかったです。

 

自分のコミュニケーションの取り方がわかった私は、社交場面にも顔を出すようになりました。人間関係もわりと充実している感じがします。

 

今も見違えるように話がうまくなった!みたいな実感はないものの、メンタルがやられていた幼稚園~高校ぐらいまでよりかは、断然人と話すことに抵抗がなくなりましたね。

 

そして、今はある心理学サイトのライターをやりながら、こうしてコミュニケーションや心理学を教える立場になっています。

 

感謝メールなどもいただくのですが、これは感無量ですね。

今は、幼稚園からの対人不安な時期が私の支えになっています。あの時期があったからこそ、今こうして価値観に沿った仕事ができていると本気で思ってます。点と点がつながった感覚ですかね。

 

というわけで、ここまで私が心理学でどのように変わっていったのかを説明しましたが、これらはあくまでも一例です。

とてもここだけではお伝えしきれないので、「コミュ力」「メンタル」をテーマに300を超えるコンテンツを用意しています。ぜひ、お役に立てれば幸いです。

備考

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