ACTの「創造的絶望」で価値に向かって行動できる

ポジティブシンキングは良くないとか、幸せを追いかけるほど不幸になるとか言われています。

 

人間って、今の問題が解決したら人生のすべてが前向きになると感じやすいんですよね。

 

ただ、ACTでは「人間から悩みがなくなることは無い」という哲学があって、そりゃそうだよなぁと納得しながら実践しています。

スポンサーリンク

体験の回避って何?

ACTでは、自分の価値に向かって「本当にやりたいことをやる」のが大切なのですが、それには必ず苦痛が伴います。

 

恥ずかしい

危険

めんどくさい

 

なんかが挙げられるでしょう。人はこうした苦痛と向き合うかわりに、「何の役にも立たない行動」を取ってしまうんです。

 

例えば、好きな人がいて話したいのに、いざは話しかけるチャンスがきても、興味ない素ぶりをしてクールぶる。(私の体験談笑)

 

また、やるべきタスクがあるのに1つだけならと、ユーチューブの動画を再生し、必要な時間と労力をゴミ箱にポイ。

 

価値がある!と感じていることに背を向けて、別の楽な行動することを総称して、「体験の回避」といいます。

 

人は、「辛い」「苦しい」という状態から逃がれることはできません。出会いと別れはセットだし、良いこともあれば悪いこともある。ひいては、生と死もイコールです。

 

仏教ではこの世は無常だ!って良くいいますが、ずっと同じなんてのは基本ないわけです。要は、人生山あり谷ありってことですね。

創造的絶望で前に進もう

さて、本題。苦痛から逃れようとして、問題の解決を先延ばしにしても、もちろん何もかわりません。むしろ、自分の人生が前に進んでいない感覚に襲われ、焦燥感にかられます。

 

人は前に進んでる感がないと、モチベーションが超下がるんですよね。

 

しかも、「体験の回避」をし続けると、自分の生きたいよう生きる人生ではなく、苦痛から逃げるための人生になり、「毎日が意味のない無価値なもの」になってしまいます。

あーなんか面白いことないかなぁ

って口癖のように言っている人はどこかで体験の回避が起きているかもしれません。求めてるものから逃げてはいませんか?

 

では、どうすれば価値にむかって進めるようになるのか。ここで「創造的絶望」の出番です。

 

「今まで自分が行っていた、苦痛から逃がれるという行動は、苦痛を和らげるためには何の役にも立たなかったんだ」

 

と心の底から認めることを言います。そんなことは自分だって薄々気づいている…ではダメ。行動が変わるぐらいまで本気で認めることで始めて「創造的絶望」になります。

 

辛い現実を避けようとせず、逆に味わってみる。すると、意外と苦痛だとおもっていたことも、受け入れられるようになり、自分の生きたい人生と向きあうことができます。

 

すると、心理学で言うところの「人生の意味」を感じることができ、毎日がイキイキとしたものになります。

 

つまり、創造的絶望とは、現実をまっすぐに捉えて前に進むための絶望なんですね。

まとめ

まぁ書くのは簡単なんですけどねぇ。苦痛と向き合え!っての一見すると、スパルタ系のイメージがありますが、ポイントは「自分の価値」を明確にすること。

 

〇〇でありたいという価値基準を向かっていけるのであれば、人は苦痛なことでも乗り越えられるんですよ。ストレスが力に変わるってことがわかってるんで。

 

あと、適度に難しいタスクに取り組むこともモチベーションを上げてくれるので、やっぱり価値や強みの恩恵を受けながら、苦痛に向かっていくのが大切です。

⇒ACT(アクト)で人生の価値を明確にする質問集

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください