一言も話せなかった7年間。場面緘黙症の症状と治し方

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てっしー

23歳のACT(アクト)実践者。一言もしゃべれなくなる場面緘黙症と、対人不安を克服し、コミュニケーション系のライターとして活躍中。詳しいプロフィールはコチラ

さて、今でこそコミュニケーションに積極的になれたり、会話術などをブログにアップしている私ですが、もともと家の外では一言も話すことができませんでした。

 

プロフィールにもちょこっと書きましたが、場面緘黙症は、家の中ではごく普通に話すことができるのに学校や仕事先などの、社会的な場面では「一言も話せなくなってしまう」という心の病です。深刻な場合では、動けなくなってしまう、震えが出るなどの症状が表れることもあります。

 

あまり一般的には、知られていないので親や周りの人は「単純に引っ込み思案」なだけじゃないの?と思われがち。ただ、ポイントなのは「一言も」話せないという部分。

 

私の場合は、まず声を発することができませんでした。うなずく、横に顔を振るなどのジェスチャーで頑張って意思表示をしていましたね。この場面緘黙症に7年間も悩まされて、なかなか友達もできなかったんです。

 

この記事を見つけたあなたは、お子さんが学校で一言もしゃべらない、もしくは自分自身がみんながいる前では話すことができないことでお悩みかと思います。

 

そこで、今回は言葉を発することができなかった私の体験談を踏まえて、どうすれば場面緘黙症を克服することができるのかを考えていきます。

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発症したのは幼稚園の時

私が場面緘黙症になったのは、3歳のときです。一般的には、場面緘黙症の原因は分かってないんですが、私の場合は声を出さなくなったきっかけを思い出すことができます。

 

頭がおかしいと思われるかもしれませんが、ミステリアスなものに憧れてたんですよね。正体がわからない謎なキャラってかっこいい、そう思ったわけです。今では1ミリも思わないですが。。

 

こうした理想のキャラクターへの模倣が、最初の始まりだったことを記憶しています。多分、自分の中ではヒーローごっこみたいな感覚だったんだろうなぁ。ただ、もともと人見知りだったことも関係していると思います。

 

このタイミングで私は保育園から幼稚園にうつり、入園後一切を声を出さないキャラを貫きました。他の子が会話している中、自分も話したい!と思い声を出そうとした瞬間、「ものすごい不安感」に襲われたんです。

 

周囲の視線が一気にこっちに向いてしまうんじゃないか・・・
声を出したらバカにされるかもしれない・・・
声を出したら危険な目に合うかもしれない・・・

 

こうした不安が頭をよぎり、話しかけることができませんでした。それからというもの、声を出せないキャラがすっかり定着してしまいました。

 

「豊島ってどんな声してるんだろう、聞いてみたい」という声が周囲から聞こえてきたりして、しゃべったらみんなが注目するという恐怖がより一層高まっていったんです。

 

この状況が、まさか3歳~小学4年生の10歳になるまで続くとは。占めて7年間。もちろん、家にいる時は「う〇こ」とか連呼できるぐらいのキャパはありました。ひどいギャップですよね。

 

この7年間、同年代の友達はできなかったですね。ただ、ある日兄の友人が家に遊びに来きたことがきっかけで、その人たちと遊ぶようになりました。なので、ずっと孤独という感じではなかったです。また、そこではフツーに話すことができていました。

小学4年生で克服

さて、場面緘黙症と何年も付き合っていくと自己主張の幅が少しだけ広がっていることに気づきます。耳打ちで、かつ先生になら「言葉を伝えられる」ようになったんです。

 

ただ、少し行動範囲が広がったのは、危機的な状況があったからこそ。ある日、授業中に腹痛が起きてしまいどうしても「トイレに行ってきてもいいですか?」と伝えなくてはなりませんでした。

 

もう、地獄です。声を出せばクラスメイト全員の視線を食らう羽目になりますし、かといってココで爆破したら、それはもっとヤバイ状態だ。(汚い話ばかりですいません)

 

追い詰められた私がひねりだしたアイデアが「耳打ち」だったんです。それから、私は耳打ちでなら先生に言葉を伝えられるようになりました。

 

ただ、ハッキリと自分の声を出せるようになったわけでもなく、相変わらず無口なので克服とまではいきません。

 

が、ここで転機となったのが中国から来たクラスメイトの存在です。その人は日本に来てまだ1年目ということもあって、日本語をうまく扱えていませんでした。そんな彼が休み時間に私に声をかけてくれました。

「力くらべしない?」

言葉を使わない遊び・・・これなら断る理由もなく、「首を縦にふり」勝負に乗るようにしました。それからというもの、学校ではしゃべらなかったものの、何回も力くらべで遊ぶようになり、初の同年代の友人が出来たのです。彼には本当に感謝しかないですね。

  

その中国から来た友人から、友達に輪が広がって同年代の友人と遊ぶようになりました。ただ、不思議なことにクラスメイトでも、学校以外な場所なら普通に話すことができました。

 

これは、学校以外で兄の友達と遊んでいたことで、「プライベート」では声を出せると、自分の中で習慣づけられていたからなのかも。

 

そして、私は学校にいる中でも「耳打ち」を使って、始めて自分から友人を遊びに誘うという行為ができるようになりました。

 

学校以外のシュチェーションではクラスメイトとも普通に話すことができたので、早く学校が終わってほしかった。そんなことを繰り返しているうちに、限られた人とであれば学校であっても地声で話すことが少しづつできるようになりました。

 

ただ、声を出す時はなるべく友人と二人きりの時を見計らっていた。なので、まだ完全に克服!とまでは行きません。しかし、ついに場面緘黙症にトドメを刺す瞬間が現れます。それは、10歳になった年を祝う「2分の1成人式」というイベントです。

 

なんと、4年生が全員(100名ほど)、+その親御さんが体育館に集まり、その群衆に向かって10年後の自分を

スピーチ

すぴーち

speech

するというもの。

 

絶対に無理だ…

先生は気をつかって、「やめとく?それとも、マイクをつかって小さい声で頑張ってしゃべる?」と言ってくれました。やめておこうか、と考えたのですが、裏を返せばせっかくの自己主張のチャンス。というか、自分の声をみんなに知ってもらう絶好の機会だと思ったんです。

 

スピーチは、もう皆んな始めから自分に注目した状態で始まる。だからこそ、クラスでいきなり声を出すよりも抵抗が少なかったんです。また、すでに何人かの友人は自分の声を知っていることも後押ししてくれました。私は先生の問いかけに対して、「マイク使います」と耳打ちで伝えました。

 

2分の1成人式当日、「あいつしゃべれんの?」みたいな声も聞こえてきます。自分の番が近づくにつれて心臓がバクバクしているのを感じました。そして、自分の番が回ってきます。が、何を思ったか、先生が差し出しきたマイクを「いりません、ふつーに話します」と伝えステージに立ちました。

 

話している最中は、無我夢中でその時のことをはよく覚えてません。しかし、はっきり覚えていることはスピーチが終わった後、私の時だけものすごく大きな拍手が上がったことです。

「なんだ、自分の声を出すのって意外と簡単じゃん」

本気でそう思えるようになり、それ以降学校でもふつーに話せるようになりました。ついに7年間という歳月つれそった場面緘黙症という病に別れを告げることができたのです。

 

なぜ、マイクを使うのを断ったかというと、もうどうせ自分の声をハッキリ出してスピーチするんだから、他の人と同じようにやりたかったんです。もう特別扱いされたくないって気持ちがあって、開き直っていた部分がありました。

 

ちょっと書いていて出来すぎた話だなー、嘘くせーなぁと思っているんですが、これはリアルガチな話です。

  

ただ、場面緘黙症は克服できたものの、声が出せるようになっただけで、会話は死ぬほど下手くそです。親しい友人とフツーに話せても、セルフチェックで社会不安障害と診断させるほど他人への恐怖心が根付いていました。まぁテーマから逸れるので、その話はまた今度。

場面緘黙症を克服できた理由

ということで、私が場面緘黙症を克服できた理由を振り返ると、やはり周りの人に恩恵がつよいかなぁと。中国の友人から少しずつ、からみが増えて最終的には自分から言葉を発することができました。

 

ただ、これは個人の体験なので、全員に当てはめることはできません。実際に場面緘黙症の克服法として効果が認められているのは、エクスポージャーなどが有名です。これは、小さい恐怖から少しずつ段階を踏んで慣らしていく心理療法。

 

思い返してみれば、私も小さな恐怖から少しずつ克服していました。はじめは先生に「耳打ち」をするところから克服し、次は同年代の友人と言葉を使わない遊びをし、学校以外のところで友人と話し、学校で限られた友人とは話せるようになり、最後にスピーチで克服できました。

 

なので、自分ができそうか小さな不安から克服していく!を実践してみると、何か変化が起こるかもしれません。

  

1.まずは、クラスや仕事場で一番話しかけやすいそうな人を見つける

2.休み時間など、その人二人きりになれるタイミングを見計らって、耳打ちでもジェスチャーでもいいので話しかける

3.その人と絡む回数を増やす

4.その人の友人にも話しかけてみる

  

と言ったように、まずはクラスなどでいきなり声を出そうとするのではなく、最初はターゲットを決めて、1人ずつ声をかけていくとgoodです。もちろん、症状の重さにもよります。

  

小学生であれば、3、4人と仲良くなれば、あとはその人友人を紹介される可能性がグッと高まるので、3人ぐらいは何かしらのアクションを起こして見ましょう。

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親や先生には何も求めてなかった

場面緘黙症の子どもを待つ親や、先生はどう対応したらいいか?と悩むことのもあると思います。ただ、私自身は、〇〇してほしいといった期待はありませんでした。どちらかというと、クラスメイトに対してもっと話しかけてくれたらなぁーとは思っていました。

 

しかし、周りの人の理解というのはとても大事なので、親としては担任の先生に「場面緘黙症」を理解してもらいましょう。

 

こうした病を理解していないスパルタな先生は、単なる恥ずかしがり屋だと思って、強引に話させようとするかもしれません。これは非常に危険な行為で、かえって症状が深刻化してしまうこともあります。

 

また、担任の先生も学校で一言しゃべらない生徒がいたら、その親御さんに「場面緘黙症」の疑いがあることは伝えるべきです。

 

あとはカウンセラーやセラピストの元へ向かいましょう。私はその当時、自分が心の病に侵されていた自覚がなかったので、専門機関に通ったことはありませんが、「場面緘黙症かも!」と思い当たる節があるなら、治療家に診てもらうが妥当な選択肢です。

大人になってからの後遺症は?

私は、2分の1成人以来、会話することはできるようになりましたが、自分の言いたいことを言えないことがよくありました。あとは、かなりの人見知りで、初対面の人と対峙すると無言になります。

 

さらに一時期、吃音みたいな感じになったこともありました。なにか言おうとすると、どもってしまうんです。声も小さく、滑舌も悪いので何回も聞き返されます。

 

これが後遺症なのかは不明ですが、場面緘黙症を克服した人はその後もコミュニケーションが上手くいかず、対人関係に悩むことがあるんだと。今はACTの技法を覚えて、だいぶマシになりましたが、不安症・コミュ障であることは今もかわりません。

 

ただ、こうした対人関係やメンタルで悩んだからこそ、心理学を必死に学ぶようになって今のライターという仕事に出会うことができたので、振り返ってみれば「悪者」ではなく、今はむしろ「良いもの」だと思っています。

まとめ

場面緘黙症は単に声が出せない、話せないというだけではなく、たった一度きりの学生生活で「一人も友達ができない」可能性をはらんでいる恐ろしい病です。

 

早めに対処できるに越したことはないので、少しでも気づいたら、「話せる人」に相談しましょう。小さな一歩が大きな変化につながるので、ぜひできるところから自分のペースで行動してみてください。

 

周囲の環境は本当に大切なので、親や先生はなるべく強引に話せようとはせずに、専門家にアドバイスを得ながら、焦らずゆっくり直していくこと考えましょう。

⇒不安障害を克服する「エクスポージャー」の正しい使い方


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